第20回(2026年)日本物理学会若手奨励賞(素粒子論領域)

受賞者は井黒就平氏、久保尚敬氏、Thanaporn Sichanugrist氏の3氏です

受賞者:井黒 就平(名古屋大 KMI )
対象業績:b→c セミレプトニック崩壊の精密予言の実現と Heavy quark 対称性に基づく厳密な和則の発見
For precise predictions of b → c semileptonic decays and exact sum rules based on heavy quark symmetry
対象論文:
[1] “Bayesian fit analysis to full distribution data of B→D^(*)lν:Vcb determination and new physics constraints,"
S. Iguro, R. Watanabe,
JHEP 08 (2020) 006. [arXiv:2004.10208]
[2] “Heavy quark symmetry behind b→c semileptonic sum rule,”
M. Endo, S. Iguro, S. Mishima, R. Watanabe,
JHEP 05 (2025) 112. [arXiv:2501.09382]
受賞理由:
 B中間子崩壊は、素粒子標準理論を超える新しい物理の探索に非常に有用である。本受賞対象の2本の論文は、b→c遷移によるセミレプトニック崩壊に関する精密な理論計算を行い、実験の高精度データを通じて新物理を探る研究である。
 論文[1]では、B中間子崩壊 B→D(*)lν において、Belle実験による終状態相関データを新たに取り入れることで、B→D(*)遷移を記述する形状因子を高精度に決定した。さらにその成果として、カビボ・小林・益川行列の要素Vcbや、セミレプトニック崩壊分岐比の比RD(*)を精度良く求めている。また、Vcbの値が決定手法によって異なる「Vcbパズル」について、新物理効果を含めても解決できないことを明らかにした。
 論文[2]では、B→D(*)τν崩壊とΛb→Λc τν崩壊の間に経験的にのみ知られていた非自明な和則が、 Heavy quark 対称性の極限において厳密に成り立つことを示した。この関係は新物理の仮定に依存しないため、理論予測と実験結果の照合に役立つものである。さらに、有限質量効果や形状因子による高次補正の寄与についても明らかにした。
 B中間子の精密実験から新物理の兆候を探るには、緻密な理論計算と実験との精密な比較が不可欠であるが、井黒氏の研究ではこれらに真摯に取り組み、新物理探索に向けた重要な知見を提供している。井黒氏はこれらの研究において大きな役割を果たしており、日本物理学会若手奨励賞に相応しいと判断した。

 

受賞者:久保 尚敬(京都⼤学)
対象業績:3次元超対称ゲージ理論と量子曲線の対応関係
Correspondence between 3d supersymmetric gauge theory and quantum curves.
対象論文:
"Five-brane webs, 3d N=2 theories and quantum curves"
Naotaka Kubo
JHEP 05 (2025) 103 [arXiv:2501.04146]
授賞理由:
タイプIIB 超弦理論においてD3ブレインと(p,q)5ブレインを組み合わせて得られるある種の3次元超対称ゲージ理論は、双対性を通じてM理論におけるM2ブレイン上に実現される理論と対応し、これがある曲がった時空における M理論とホログラフィック双対な関係にあるなどの理由から、M理論の解明に重要な役割を果たすものと期待されている。特に ABJM理論と呼ばれる理論やその拡張となる3次元超対称チャーン・サイモンズ理論に対しては、分配関数における経路積分が局所化公式によって有限次元の積分の形に書かれることや、それがフェルミガス形式の手法によって、量子化されたx,pを変数とする量子曲線と呼ばれるオペレータの期待値の形で表されるなどの著しい性質が知られている。ただし、この量子曲線に対応する3次元ゲージ理論のブレイン配位は、ABJM理論などのごく限られた理論においてのみ同定されていた。
これに対して、久保氏はタイプIIB超弦理論におけるブレインの配位と量子曲線を直接関係づける対応関係を予想し、より広いクラスの3次元理論が量子曲線で特徴づけられることを提案した。実際にラグランジアンが具体的に書けるクラスの3次元理論について、この予想が正しく成立することを検証するとともに、ラグランジアンがあらわに書けない理論に対しても、量子曲線を通じた強力な計算法を提供している。
このように、この研究はそれまで知られていた3次元ゲージ理論と量子曲線の関係を大きく一般化するもので、日本物理学会若手奨励賞に相応しい業績であると判断した。


受賞者:Thanaporn Sichanugrist(東京大学)
対象業績:超伝導量⼦ビットを⽤いた暗⿊物質の新しい探査⼿法の提案
For proposing a novel method to search for dark matter using superconducting qubits
対象論文:
[1] "Detecting Hidden Photon Dark Matter Using the Direct Excitation of
Transmon Qubits,”
Shion Chen, Hajime Fukuda, Toshiaki Inada, Takeo Moroi, Tatsumi Nitta, Thanaporn Sichanugrist
Phys. Rev. Lett. 131 (2023) 211001. [arXiv:2212.03884]
[2] "Quantum Enhancement in Dark Matter Detection with Quantum
Computation,"
Shion Chen, Hajime Fukuda, Toshiaki Inada, Takeo Moroi, Tatsumi Nitta, Thanaporn Sichanugrist
Phys. Rev. Lett. 133 (2024) 021801. [arXiv:2311.10413]
[3] "Search for QCD axion dark matter with transmon qubits and quantum
circuit,"
Shion Chen, Hajime Fukuda, Toshiaki Inada, Takeo Moroi, Tatsumi Nitta, Thanaporn Sichanugrist
Phys. Rev. D 110 (2024) 115021. [arXiv:2407.19755]
受賞理由:
 量⼦技術は近年著しい進展を遂げており、その応⽤は量⼦計算をはじめ、幅広い科学技術分野に広がりを見せている。一連の論文は、超伝導量子ビットを用いることで暗黒物質の高感度探索が可能であることを示した先駆的な研究である。
 対象論文[1]では、暗⿊物質の候補である暗黒光子の検出に関して、微弱電場による量子ビットの直接励起を用いた新しい検出⼿法を提案した。量子ビットの周波数可変性を利用することで、広い質量範囲を効率的に掃引できる測定計画を具体的に描いている。
 対象論文[2]では、暗⿊物質の検出感度を⾶躍的に⾼める⼿法として、量⼦ビット間のエンタングルメントを⽤いる⼿法を提案した。通常の手法では信号は量⼦ビット数に比例するが、暗⿊物質の影響による量⼦ビットの位相変化をコヒーレントに加算する量⼦回路を設計し、これにより信号が量⼦ビット数の二乗に比例して増加することを示した。
 対象論文[3]では、QCDアクシオン暗⿊物質の直接検出を⽬的として、超伝導量⼦ビットを⽤いた⼿法をさらに発展させた。空洞共鳴による信号の増幅効果と、論⽂[2]で提案されたエンタングルメントを併⽤することで、QCDアクシオンモデルの予測する領域に到達し得ることを⽰した。
 一連の提案を基に「DarQ(Dark matter search using Qubits)」実験が立ち上がっており、Sichanugrist氏も共同研究者として参加している。
 一連の研究成果は、量⼦技術を⽤いた暗黒物質探索に関する先駆的なものである。これらは暗黒物質探索という素粒子物理学の課題にとどまらず、量子技術応用の新たな展開を切り拓き、大きな波及効果をもたらすと期待される。その中でSichanugrist氏は中心的な役割を果たしており、日本物理学会若手奨励賞に相応しいと判断した。