第17回(2023年)日本物理学会若手奨励賞(素粒子論領域)

受賞者は秋山進一郎 氏, 魏子夏 氏, 渡邉真隆 氏の3氏です。

受賞者:秋山 進一郎(東京大学大学院理学系研究科)
対象業績:テンソル繰り込み群法による格子場理論研究の開拓
対象論文:
[1] “Restoration of chiral symmetry in cold and dense Nambu−Jona-Lasinio model with tensor renormalization group”
Shinichiro Akiyama, Yoshinobu Kuramashi, Takumi Yamashita, Yusuke Yoshimura, JHEP01(2021)121.
[2] "Tensor renormalization group approach to (1+1)-dimensional Hubbard model"
Shinichiro Akiyama, Yoshinobu Kuramashi, Phys. Rev. D 104 (2021) 1, 014504.
[3] "Tensor renormalization group study of (3+1)-dimensional Z2 gauge-Higgs model at finite density"
Shinichiro Akiyama, Yoshinobu Kuramashi, JHEP05(2022)102.
受賞理由:
 通常,場の量子論の非摂動論的計算は,経路積分をモンテカルロシミュレーションすることにより行われるが,有限密度QCD やθ項のある理論,カイラルゲージ理論など,物理的に多くの関心を持たれながら符号問題のために通常のシミュレーションの実行を拒んでいる理論が多く存在する。テンソルネットワーク法はこの困難を回避すべく提案されている方法で,素粒子理論への応用を念頭において,4次元場の理論への拡張,フェルミオンを含む系への応用,4次元ゲージ理論への拡張とシミュレーションといった重要な研究が進められている。
具体的に秋山氏は一連の研究において,テンソルネットワーク法のひとつであるテンソル繰り込み群法を用いて, 4次元Nambu−Jona-Lasinio モデルの極低温高密度領域における一次カイラル相転移 (対象論文 [1]),Hubbard モデルにおける金属-絶縁体転移の臨界化学ポテンシャルと臨界指数の決定 (対象論文 [2]),4次元のZ2ゲージヒッグス理論の臨界終点の決定(対象論文 [3]) を行うことに成功し,テンソル繰り込み群法が非常に有効な数値計算手法であることを示した。これらはテンソルネットワーク法の研究において,4次元時空の場の理論の数値解析におけるさまざまな障害となる点を世界に先駆けて解決した大変注目すべきものであると考えられる。今後もさらなる発展が期待できる明確な成果が得られており,中心的な役割を果たした秋山氏は若手奨励賞にふさわしいと判断した。

受賞者:魏 子夏(京都大学基礎物理学研究所)
対象業績:ダブルホログラフィーにおける因果構造と非局所性
対象論文:
[1] "Causal Structure and Nonlocality in Double Holography,"
Hidetoshi Omiya, Zixia Wei, JHEP07(2022)128.
受賞理由:
 ホログラフィー原理は,場の理論の非摂動効果や量子重力理論を探るひとつの手法である。AdS/CFT対応は,ホログラフィー原理を具現化したひとつのモデルであり,これまで精力的に研究がなされてきた。近年,ダブルホログラフィーと呼ばれる対応が注目を集めている。ダブルホログラフィーは,境界をもつD次元の共形場理論(BCFT)に対して,(D+1)次元のAdS時空を用いた双対理論に加え,中間的な描像に対応する双対理論を主張するものである。この中間的な描像は量子重力の特徴を反映し,ブラックホールの情報喪失問題などの観点から,最近特に注目を集めている。
対象論文は,ダブルホログラフィーの因果構造に着目し,中間的な描像を仮定すると,因果律を破る経路が重力側に存在することを示した。その上で,これは中間描像の理論が局所性を失っていることによるものだと考察している。これまで盛んに議論されてきたAdS/CFT対応では,因果律を破る経路は存在しないことが知られており,中間的な描像を仮定した場合に,それが可能であることが示されたのは大変興味深い。
この発見は,中間的な描像の非局所性や,従来のブレーンワールドのようなボトムアップ型の理論構築に対し,さらなる議論の必要性を示唆している。また,当該論文を機に,弦理論を用いたトップダウン型のアプローチによる研究も行われ,その場合でも因果律を破る経路が存在することが確かめられている。このように,本業績はホログラフィーを用いた量子重力の研究に対し,具体的で興味深い結果を提示し,当該分野の研究において大きな影響を与えており,高く評価できる。

対象者:渡邉 真隆(京都大学基礎物理学研究所)
対象業績:Large charge 展開の開発
対象論文:
[1] "On the CFT operator spectrum at large global charge,"
Simeon Hellerman, Domenico Orlando, Susanne Reffert, Masataka Watanabe, JHEP12(2015)071.
[2] "Accessing large global charge via the ε-expansion,"
Masataka Watanabe, JHEP04(2021)264.
受賞理由:
 強結合理論の解析は素粒子論,原子核理論,物性理論など様々な分野に共通した普遍的重要テーマである。歴史的には,強結合展開や large N 展開に代表されるように,理論のパラメータの特殊な極限に基づく摂動展開の手法が多く議論されてきた。その一方で,結合定数が中間領域にある場合など,既存の解析手法には適用限界が存在する。そのような中,渡邉氏は,理論のパラメータに依らず広く適用可能な新たな近似的解析法「large charge 展開」の手法を開発し,発展させてきた。
まず,対象論文[1]では,有効理論に基づくlarge charge展開の手法を提唱した。これまでの研究により,スピンや保存電荷が大きな領域では異常次元が典型的に簡単化することが知られている。渡邉氏らは,このようなlarge charge領域における簡単化の本質が,保存電荷に付随した南部-Goldstoneボソンの有効理論で捉えられることを見出した。特に,この有効理論を用いると,従来の手法では困難だった強結合理論の解析が,単純な摂動計算に帰着される。当該論文では,このアイディアを3次元O(2)理論における異常次元の計算などに応用することで,手法の有効性,汎用性を実際に示した。
対象論文[2]では,large charge展開の妥当性を 2 渡邉氏らが開発したlarge charge展開は,強結合理論の新たな解析手法として既に大きな注目を集めている。手法の汎用性が高いことから,今後も更なる発展が期待される。これらの点を高く評価し,渡邉氏が若手奨励賞の受賞者としてふさわしいと判断した。