第13回(2019年)日本物理学会若手奨励賞(素粒子論領域)

受賞者は松永博昭氏、新居慶太氏、宇賀神知紀氏の3氏です。

受賞者:松永博昭(チェコ科学アカデミー物理学研究所)
対象業績:「タイプU超弦理論におけるNS-NSセクターの弦の場の理論の提唱」
対象論文:
[1] "Nonlinear gauge invariance and WZW-like action for NS-NS superstring field theory,"
H. Matusnaga, JHEP 1509 (2015) 011.
[2] "Notes on the Wess-Zumino-Witten-like structure: L∞ triplet and NS-NS superstring field theory,"
H. Matusnaga, JHEP 1705 (2017) 095.
受賞理由:
 明白なローレンツ共変性をもつ弦の場の理論の研究は80年代中頃から始まった。超対称性を持たない弦理論に対しては、80年代中頃に開弦に対してゲージ不変性を持つ作用が与えられ、90年代初頭には閉弦に対してもゲージ不変性をもつ作用が与えられた。特に、後者の閉弦の場合には、無限個の相互作用項を導入する必要があり、非常に複雑な形をもつ作用になっている。また、超弦理論に対しては、更なる困難として超弦理論に特有な発散の問題があり、この発散のためゲージ不変な理論を作られていなかった。これに対して、開弦の超弦理論のNSセクターについては、Berkovitsが、所謂、Wess-Zumino-Witten(WZW)型の作用により、このような発散なく記述することを提唱した。さらに、近年、Berkovits-Okawa-Zwiebachが、閉弦であるヘテロ超弦理論のNSセクターに対して、同様のWZW型の作用を提唱している。
 論文1では、これらの進展を基にして、タイプII超弦理論のNS-NSセクターに対するWZW型のゲージ不変な理論を提唱した。なお、ドイツのErler-Konopka-Sachsというグループも同時期に同じ理論に対する違う形式の弦の場の理論を独立に提唱している。これら二つの論文は、タイプII超弦理論のNS-NSセクターの場の理論の作用とゲージ変換を閉じた形で与えた最初のものであり、高い評価を受けている。
 論文2では、WZW型の弦の場の理論がゲージ不変であるための代数構造を詳しく調べることにより、タイプII超弦理論のNS-NSセクターに対するWZW型理論のより一般的な作用の構成方法を明らかにしている。これにより、ドイツのグループが独立に提唱した違う形式での理論を、WZW型の弦の場の理論として捉え得ることを示した。
 これらの論文はいずれも単名であり、長らく困難と見なされていた問題に、挑戦的に粘り強く取り組む松永氏の姿勢を表している。またこれらの成果は松永氏の実力を明確に示すものであり、若手奨励賞にふさわしい業績と判断した。

受賞者:新居慶太(ベルン大学、理論物理研究所、アインシュタイン基礎物理センター)
対象業績:「3次元 N=2 超対称ゲージ理論におけるザイバーグ双対性の研究」
対象論文:
[1] "3d duality with adjoint matter from 4d duality,"
K. Nii, JHEP 1502 (2015) 024.
[2] "3d Deconfinement, Product gauge group, Seiberg-Witten and New 3d dualities,"
K. Nii, JHEP 1608 (2016) 123.
[3] "Exact results in 3d N = 2 Spin(7) gauge theories with vector and spinor matters,"
K. Nii, JHEP 1805 (2018) 017.
受賞理由:
 1995年、Seibergによって4次元 N=1 超対称ゲージ理論の双対性が明らかにされ、ゲージ理論の示す様々な非摂動的性質が理解できるようになった。その後、KarchやAharonyにより、3次元の場合への拡張がなされた。本研究はこの流れに沿うものであり、3次元 N=2 超対称ゲージ理論において、様々なゲージ群や物質場を含む場合の低エネルギー動力学を明らかにしている。
 論文1では、4次元のゲージ理論をR3×S1上で考え、コンパクト化に伴う非摂動効果を注意深く扱うことにより、3次元のゲージ理論に対して予想されていた双対性を導くことに成功した。具体的には、随伴物質場から現れるKKモノポールによって、物質場の超ポテンシャルが非摂動的に生成されることが示され、それをもとに、4次元の場合の双対性から、3次元の場合の双対性を導いている。この論文は11回引用されており、一定の評価を得ていると言える。
 論文2では、反対称表現などの2-index物質場を含む場合が調べられている。この場合、クーロンブランチを直接解析することは難しいが、deconfinement法と呼ばれる方法を拡張することにより、興味深い構造を明らかにした。
 論文3では、Spin(7)ゲージ理論が調べられている。Spin群では物質場としてベクトルやスピノル表現を導入できるため、クーロンブランチの状況はさらに複雑になる。特に、モノポールの効果を取り入れた半古典的な解析と異なる結論が得られるなど、興味深い研究結果になっている。
 これらの論文はいずれも単著であり、新居氏の実力の高さを示すものと言える。研究内容も価値のある、しっかりしたものであり、若手奨励賞にふさわしい業績と判断した。

受賞者:宇賀神知紀(沖縄科学技術大学院大学)
対象業績:「共形場理論における励起状態の相対エントロピーとモジュラーハミルトニアンに関する研究」
対象論文:
[1] "Relative entropy of excited states in two dimensional conformal field theories,"
G. Sarosi, T. Ugajin, JHEP 1607 (2016) 114.
[2] "Relative entropy of excited states in conformal field theories of arbitrary dimensions,"
G. Sarosi, T. Ugajin, JHEP 1702 (2017) 060.
[3] "Modular Hamiltonians of excited states, OPE blocks and emergent bulk fields,"
G. Sarosi, T. Ugajin, JHEP 1801 (2018) 012.
受賞理由:
 1997年に反ドジッター時空の重力理論と共形場理論が等価であるというゲージ重力対応の予想をMaldacena が提唱して以来、その機構の解明や応用を目指す試みは超弦理論の分野で主要な研究課題の一つになっている。しかしながら、共形場理論から重力場の方程式であるアインシュタイン方程式がどのように現れるか等の基礎的な理解は得られていない。一方、2006年に笠、高柳により、共形場理論のエンタングルメントエントロピーが重力理論で対応する極小曲面の面積で与えられるという公式が提示されたことで、ゲージ重力対応に量子情報理論が関わり、量子エンタングルメントの構造の理解が重要な役割を果たすと考えられている。このような背景の中、宇賀神氏は、共形場理論のエンタングルメントエントロピーから重力場の方程式を導出することを目指した研究を行っている。
 論文1では、2次元の共形場理論において2つの励起状態の密度行列間の相対エントロピーと対角和2乗距離の計算技術の開発を行い、両者の間の関係を調べ、ある極限では比例関係にあることを明らかにした。
 論文2では、論文1の成果に基づき、同様の解析を高次元の共形場理論の場合に拡張し、より一般的な表式を得ることに成功した。
 論文3では、一般の共形場理論において、エンタングルメンエントロピーとモジュラーハミルトニアンの摂動的計算を行った。そして、エンタングルメントエントロピーの摂動展開の2次の表式がホログラフィックに書き換えられ正準エネルギーになるという非自明な結果を得た。これは、共形場理論からアインシュタイン方程式の最初の非線形項が得られたことを意味する重要な成果である。
 これら一連の論文は共同研究に基づくものであるが、宇賀神氏は各々の論文で主導的役割を果たし、独立した研究者として高い研究遂行能力を有していることが示されている。また、得られた成果はゲージ重力対応の理解に着実に迫るものであり、若手奨励賞にふさわしい業績であると判断した。