第4回(2010年)日本物理学会若手奨励賞 (素粒子論領域)


 受賞者は、山崎 剛氏、花田政範氏の2名です。

受賞者: 山崎 剛(筑波大学計算科学研究センター、研究員)
対象業績:「格子QCD数値計算によるK中間子崩壊過程の解析」
対象論文:
[1] "I=2 ππ scattering phase shift with two flavors of O(a) improved dynamical quarks"
T. Yamazaki et al. (CP-PACS Collaboration), Phys. Rev. D70 (2004) 074513.
[2] "Finite volume corrections to the two-particle decay of states with nonzero momentum"
N.H. Christ, C. Kim, T. Yamazaki, Phys. Rev. D72 (2005) 114506.
[3] "On-shell ΔI=3/2 kaon weak matrix elements with nonzero total momentum"
T. Yamazaki, Phys. Rev. D79 (2009) 094506.
受賞理由:
K中間子の物理は、素粒子物理学におけるCP対称性の破れを理解する上で極めて重要である。K中間子崩壊過程 K ->2π の理論計算にはハ
ドロン相互作用に起因する大きな不定性がある。この崩壊過程の行列要素を格子QCD数値計算により求めようとする試みが多くなされてい
るが、格子上では崩壊過程の取扱いが難しく、これまでは、K->πというoff-shell行列要素を計算し、それをカイラル摂動論を用いて崩壊
の行列要素に焼き直す手法がもちいられていた。しかし、ストレンジクォークに対するカイラル摂動論の有効性には問題があり、この計算
方法は多くの系統誤差を含み、第1原理計算とは言い難い。この困難を解消すべく、有限体積での崩壊の行列要素から無限体積での崩壊の
行列要素を得る「有限体積公式」が提唱された。しかし、この公式は重心系のものであり、K ->  2π崩壊過程を記述するのに必要な体積が
大きくなる。そのため必要な計算時間が膨大になり、信頼の出来る計算は今までなされなかった。
 この問題に対し、山崎氏は、実験室系での計算という新しい方法で計算時間を軽減することで、2π崩壊のI=2終状態の行列要素の信頼で
きる計算を行い、実験値をよく再現することに成功した。CP-PACS Collaborationによる対象論文[1]の研究では、2π崩壊の行列要素の
新しい計算の準備として、実験室系での有限体積の方法を用いてππ散乱I=2チャネルのphase shifit を格子QCDで計算した。対象論文[2]
では、崩壊過程を格子上の実験室系で取り扱う方法を理論的に考察し、終状態の解析を単純化し、かつ有限体積効果の補正方法を開発した。
単著の対象論文[3]では、論文[2]の方法をK 中間子△I=3/2崩壊過程に適用し、その振幅を格子QCDのクエンチ近似で計算、さまざまな系
統誤差を評価することで、実験値と比較できるレベルの最終結果を得た。論文[3]でなされた格子計算は、K中間子崩壊の振幅の研究として
は現時点での最高水準のものである。今回の結果は△I=3/2崩壊過程だけであるが、先駆的な研究であり、今後、K中間子崩壊で重要な
ε'/εの評価や△I=1/2選択則の導出につながることを期待したい。
 このように、山崎氏の対象業績は、ハドロン崩壊過程における格子数値計算において非常に重要な役割を果たしており、若手奨励賞
に相応しいものである。

写真:  受賞式    受賞記念講演 1  受賞記念講演 2


受賞者: 花田政範(Weizmann Institute of Scinece, 研究員)
対象業績:「超対称ゲージ理論の数値的解析」
対象論文:
[1] "Nonlattice simulation for supersymmetric gauge theories in one dimension"
M. Hanada, J. Nishimura, S. Takeuchi, Phys. Rev. Lett. 99 (2007) 161602.
[2] "Monte Carlo studies of supersymmetric matrix quantum mechanics with sixteen supercharges at finite temperature"
K.N. Anagnostopoulos, M. Hanada, J. Nishimura, S. Takeuchi, Phys. Rev. Lett. 100 (2008) 021601.
[3] "Higher derivative corrections to black hole thermodynamics from supersymmetric matrix quantum mechanics"
M. Hanada, Y. Hyakutake, J. Nishimura, S. Takeuchi, Phys. Rev. Lett. 102 (2009) 191602.
受賞理由:
 超対称ゲージ理論の非摂動的研究は、ゲージ/重力対応を通じて超弦理論を理解するうえでも、また、超対称性の自発的破れなど現象論
的に重要な問題を探る上でも極めて重要である。対象論文では、1次元超対称ゲージ理論を解析する新しい数値計算による方法を開発しそ
れに基づき、超対称ゲージ理論の有限温度における性質を明らかにした。
 花田氏は、今回の対象論文に先駆けて、非臨界弦、行列模型、非可換空間上の場の理論、ブラックホールのダイナミクスなど、幅広い視
点から弦理論とゲージ理論の関係を研究してきた。花田氏は、これらの研究成果による経験を踏まえて、今回の対象論文となった1次元超
対称ゲージ理論の数値的な解析を行った。
 論文[1]では、1次元超対称ゲージ理論に対し、格子正則化に代わり、運動量空間で切断し、超対称性を尊重しつつモンテカルロ法で解
析する新しい方法を提唱した。論文[2]では、この手法を用いて1次元超対称ゲージ理論の内部エネルギーを評価、強結合領域で超重力理
論をもちいた計算結果に近づくことを示し、ゲージ/重力対応を確かめた。論文[3]では、さらに高次の補正も取り入れ、ゲージ/重力対
応が超弦理論のα'補正を含めて成立していることを強く示唆する結果を得た。これら一連の仕事は、超対称ゲージ理論の数値シミュレーショ
ンによる解析として先駆的であり、花田氏は中心的な役割を果たした。今後、4次元超対称ゲージ理論にも適用され、超弦理論の進展にも
大きく寄与することが期待される。
 このように、花田氏の研究業績は、超対称ゲージ理論の理解に大きな役割を果たし、若手奨励賞に相応しいものである。

写真:  受賞式    受賞記念講演 1  受賞記念講演 2

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